最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)142号 判決 1980年3月27日
上告人
石本進
右補助参加人
三新建設有限会社
右代表者
秀島繁雄
被上告人
玉名労働基準監督署長
水流吉博
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいて、上告人の身体障害について労働者災害補償保険法施行規則別表第一所定の障害等級を認定するにつき、上告人の右膝関節部における機能障害とこれより派生した神経症状とを包括して一個の身体障害と評価し、その等級は前者の障害等級によるべく同規則一四条三項の規定により等級を繰り上げるべきものではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗)
上告人の上告理由
一、原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈の誤りがある。
その(一)1 原判決は神経障害等級について、障害等級について、障害等級表においては、第一級の五に「半身不随となつたもの」第七級の四に「神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することのできないもの」。第九級の十四に「神経系統の機能に障害を残し服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」。は、いずれも、脳、脊ずい、末梢神経等の神経系統自体の損傷によつて生ずる麻痺、機能障害や疼痛等の身体症状について規定したものに限られ、知覚神経の末端が刺激されて生ずる知覚異状(疼痛)は包含されないものと解すべきであると判示し、神経障害等級第七級及び第九級に該当する障害は、神経系統自体が損傷されて生じることが要件である旨判示している。(判決理由第二項2号中段文)。
2 然し労働基準法(以下労基法と称す)第七七条は、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害の存する場合においては、使用者は、その障害の程度に応じて平均賃金に別表第一に定める日数を乗じて得た金額の障害補償を行わなければならない」と規定し、労働者災害補償保険法(以下労災保険法と称す)は第十二条1項三号に障害補償の給付を規定し、同条第2項において、前項の保険給付は、(長期傷病補償給付を除く)は労働基準法第七十五条から第七十七条及び第八十条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う。と規定して、労働基準法上の使用者の災害補償義務を使用者に代位して障害補償を給付する。旨が規定されている。
3 そうだとすれば労基法施行規則第四十条の障害等級表と労災法施行規則第十四条の等級表の規定は、同趣旨でなければならない。即ち労災保険法施行規則の障害等級七級四、第九級一四は、神経の損傷の有無を問わず神経の機能(本質的働き)に及ぼす障害を指称しているものと解されるべきである。
神経の損傷がない場合は障害等級表第七級及び第九級に定める補償の給付を否定するものでない。蓋し前記労基法第七十七条の文言「障害の程度に応じて」障害補償を行わなければならない、との規定に照合して明白である。
原判決は本件上告人の右膝の神経疼痛障害につき、被控訴人には、脳、脊ずい、及び末梢神経自体に切断、圧迫等の損傷はなく神経労的な症状ではないとの理田で、障害等級第十二級である。と規定したるは、障害の程度に応じて障害等級を決定すべき旨の法令の解釈を誤り延いては、その適用を誤つたもので破棄されることを信ずる。
その(二)1 原判決は、労働者が重い外傷又は疾病によつて器質又は機能障害を残す場合、それより派生する疼痛等の、障害等級表第十二級又は第十四級に該当する神経症状を随伴している場合には障害等級表上複数の観点からの評価が可能ではあるが、これを包括して一個の身体障害としてとらえる結果、併合繰上を定めた労災施行規則第十四条第三項が適用される場合にあたらず、そのうち最も重い障害等級をもつて評価すべきことになる。と判示し。我が国の現行障害補償制度は、僅かに十四等級の障害序列を定めるにとどまり、すべての障害序列を掲げているわけではないから同一の障害等級に属する身体障害であつても、上限にあるものと下限にあるものとでは、それなりの不公平を甘受せざるを得ない。本件のような場合にも、労災施行規則第十四条第三項を適用すべきものとするのは相当でない。と判示した(判決理由第三項)。
2 然し労基法施行規則第十四条第2項において別表第二に掲げる身体障害が二以上ある場合は重い身体障害の該当する等級によると規定し、軽障害も重障害の該当する等級によることを明規している。同第3項は次に掲げる場合には前二項の規定による等級を次の通り繰上げる。但しその障害補償の金額は各々身体障害の該当する等級による障害補償の金額を合算した額を超えてはならない。と規定し、(一)第十三級以上に該当する身体障害が二以上の場合は一級。(二)第八級以上に該当する身体障害が二以上ある場合は二級。(三)第五級以上に該当する身体障害が二以上ある場合は三級。と明示し、更に同四項において、別表第二に掲げるもの以外の身体障害がある者については、その障害の程度に応じ、別表第二に掲げる身体障害に準じて障害補償を行わなければならない、と規定している。
3 労災保険法は、労働基準法の実施により事業主たる使用者の右規定の負担を軽減合理化するため、使用者は一定の保険料の支払義務を負わせ、使用者に代つて支払ひ被災労働者への補償を確実に行うことを規定している(労災保険法第一条第二条第十二条、労基法第八十四条参照)。然らば労基法第一条は第二項において、この法律に定める労働条件の基準は最低のものであるから労働関係の当事者はこの基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように務めなければならない。との規定や、同第十三条、この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。
この場合において無効となつた部分は、この法律で定める基準による。等の法律上の義務も、亦障害補償給付の部分において厳守負担しなければならない筈である。
4 そうだとすれば被災労働者の身体障害の等級を認定するに際しては、補償義務者たる使用者に代つて当事者たる被上告人は、前記労働基準法の規定に従い被災労働者に複数の種類の異る障害、又は部位の異る身体障害が存ずる場合には、(労基法施行規則第四十条、並に労災保険法施行規則第十四条、参照)重障害等級に該当する補償額に身体障害の数を乗じた額。又は同第三項規定の(一)第十三級以上の身体障害が複数ある場合は一級第八級の身体障害が複数ある場合二級それぞれ繰上げる。若しくは本文の規定による障害等級が第八級以下である場合においては、各の身体障害の該当する障害等級に応ずる障害補償給付の合算額(本文の規定による障害等級に応ずる障害補償額に満たないときも同じ)を給付しなければならない。更に同第四項の規定によつて、別表(障害等級表)に掲げるもの以外の身体障害については、その障害の程度に応じ別表に掲げる身体障害に準じてその障害等級を定め、該等級に応ずる補償給付を為さなければならない筈である。
5 然るに原判決は種類の異る疼痛障害と機能障害、並に器質障害の存する上告人の障害等級について、該神経疼痛障害は派生する疼痛障害であるから重い機能障害に包括される、と判定し、障害補償を否定したるは、前記労基法第一条、第十三条、第七十七条所定の規定及び労災保険法第十二条。同施行規則十四条で被労災労働者の公正、且つ最低限の保護を為すことを目的とした、法律の解釈を誤つたものと謂わなければならない。即ち障害補償等級の認定は障害の程度によつて認定する旨の規定(労基法第七十七条)は、被災労働者に残存する身体障害が労働能力を減退、又は低下させる程度の高低によつて認定しなければならない。と謂うのである。従つて障害の原因、並に傷病の名称によつて障害の等級を決定するものでないことは、多言を要しない。原判決はこの点に於いて法令の解釈を誤つたもので判決に影響を及ぼすことは明白である。
その(三) 原判決は、長管骨に奇形を残すもの、とは外見上管骨に奇形が想見される奇形障害の場合をいうもので、器質損傷自体を後遺障害として掲げている等級は存在していない。と判示し、上告人の大腿骨並に下腿骨の関節面の骨内足果、脛骨内果、腓骨小頭等の硬縮、硬化(甲第三号証久留米医大診断書。乙第十五証熊本労災病院検査書参照)は機能障害としての独立の障害等級はない、旨判示した(判決理由第二項3号文)。
右は労災保険法施行規則第十四条4項。及び労基法施行規則第四十条4項。労基法第七十七条同第一条、第十三条及び労災保険法第十二条1項2項の規定の法解釈を誤り、且つ法令の適用を誤つたものである。と謂わなければならない。
労基法第一条は労働者が人たるに価する生活を営むための必要を充すべきものたるを要し、労働関係の当事者はこの基準のあることを理由として労働条件を低下させてならないことは勿論その向上に務めなければならない。同第十三条は、この法律で定める基準に達しない労働条件の契約は無効とし、且つその部分については、この法律で定める基準による。と規定し、第七十七条は障害補償は障害の程度に応じて補償を行なわなければならない旨規定し、労基法施行規則第四十四条は別表第二に掲げるもの以外の身体障害はその障害の程度に応じて補償を行わなければならないと規定し、労災保険法第十二条は、保険給付は労基法第七十五条から第七十七条までを含むに規定する災害補償の事由が、生じた場合に該当者の請求により給付すると規定し、労災保険法第十四条は、複数の障害についての障害等級を規定(2項、3項、参照)し、別表に掲げる以外の身体障害の程度に応じ、別表に掲げる身体障害に準じて等級の決定を行う旨規定する。
しからば被上告人は(労災保険)、上告人の右長管骨、脛骨、腓骨等の硬化、硬縮の障害について、障害の程度に応じて障害等級表に掲げた身体障害に準じて補償等級を認定すべきである。然るに原判決は、本項、各号既述の如く、前記所述の法令の解釈を誤り、徒らに被上告人の、法律に基づかないのみならず、労基法第一条及び第十三条の規定に逆い、且つ比喩的に列記した、適法な広布のない、非法律的通達の曖昧な、解釈列記を以つて法令の定める基準を大幅に低下した障害補償等級の違法な決定を正当である旨認定したる点に法令解釈の誤り、並に法令適用の誤りあるもので破棄を免れない。蓋し、その認定が国民の取得する権利に関するものである場合、その認定基準は法律又はその委任に基づき適法に公布された法規命令に準拠することを要し、当該行政機関はこれを則り、具体的事例を審査すべきものであり、法の予則しない合理的解釈の範囲を超えた解釈を加え、法が定めた基準に基づかない決定をしてはならない、ことは法治主義原則の観点から多言を要しないことである。
二、原判決は判決に影響を及ぼす経験則の違背がある。
その(一) 原判決は、上告人の神経障害は、派生する疼痛であり機能障害と同一部位に局在する運動痛であるから機能障害と包括して一個の障害と評価したのは正当である旨判示している(判決理由第四項参照)。然れども労働能力の喪失、減退の程度という、現実的な観点から考察すれば、機能障害(伸展屈曲、幅六〇度)の労働能力に及ぼす程度は、(仮りに被上告人の認定の通りだとすれば)第十級であるから職種を選定することによつて、その障害の程度を緩和することが可能である。に対して疼痛は、職種選定に関係なく常に労働能力に支障を与える結果、機能障害の程度に加増して職種変更による障害の緩和を妨げ、且つは常時に障害等級第十級の程度の障害と第十二級の程度の障害(上告人主張は第七級)。との合算した程度の障害が存続する結果となることは一般社会人なら唯れでもが知悉するところである。この道理は法律も既に認めているものと解すべきである。
然ればこそ、労働基準法及び同施行規則並に労災保険法及び同施行規則において既述の規定が設けられているのである。
然らば原判決は、この点においても経験則背馳の違法があり破棄されるべきである。<以下、省略>